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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)694号 判決 1972年1月28日

原告 横河哲江

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 馬見州一

右訴訟復代理人弁護士 栗山裕吉

被告 浅野機工株式会社

右代表者代表取締役 荘博行

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山根喬

主文

一、被告らは連帯して原告横河哲江に対し金二、〇五二、八五五円および内金一、九〇二、八五五円に対する昭和四三年一二月五日から、内金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四七年一月二九日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告横河哲江のその余の請求および原告横河信行、同横河豊子の請求はいずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用は原告横河哲江と被告らとの間に生じた分はこれを三分し、その一を被告らの、その余を原告横河哲江の各負担とし、原告横河信行、同横河豊子と被告らとの間に生じた分は原告横河信行、同横河豊子の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは連帯して、原告横河哲江(以下、「原告哲江」という。)に対し金六、八七三、八〇三円および内金六、二五三、八〇三円に対する昭和四三年一二月五日から、内金六二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告横河信行(以下、「原告信行」という。)、原告横河豊子(以下、「原告豊子」という。)に対し各金一、三二〇、〇〇〇円および内金一、二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年一二月五日から、内金一二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告哲江は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)によって、傷害を受けた。

(1)発生時 昭和四三年一二月五日午後五時ころ

(2)発生地 札幌市白石南郷三五八番地先路上(以下、「本件道路」という。)

(3)加害車 普通貨物自動車(札四ゆ八、四八一号)

右運転者 被告大村一雄(以下、「被告大村」という。)

(4)被害者 原告哲江(当時、本件道路を歩行中)

(5)態 様 被告大村は加害車を運転して本件道路を西進中、その前方道路左端を歩行中の原告哲江に加害車を衝突させ、転倒させた。

(6)結 果 その結果、原告哲江は会陰部裂傷、尿道、ちつ、および、こう門損傷、左腎損傷、腰部打撲ざ傷の傷害を受け、昭和四三年一二月五日から翌四四年二月二〇日まで幌東病院において入院治療を受けた。しかし、治療中止後にも、同原告には、恥骨部よりこう門、尾骨にまで達する複雑創はんこんがあり、一部にはケロイドはんこん、変縮が残っているほか、こう門括約筋の断裂のために大便失禁をみ、腹圧努責を要する作業をすることができないなどの後遺障害を残している。

二、(責任原因)

被告浅野機工株式会社(以下、「被告会社」という。)は加害車を所有して自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、また、被告大村は前方注視義務を怠った過失によって本件事故を発生させたのであるから民法七〇九条により、原告らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

三、(損害)

原告信行は原告哲江の父であり、原告豊子はその母であるところ、原告らは本件事故により次のとおりの損害を被った。

(1)  原告哲江の労働能力一部喪失による損害 一、七三三、五〇三円

原告哲江の前記後遺障害は自賠法施行令別表後遺障害等級一〇級に該当し、結局、同原告はその就労可能期間について通常人に比し二七パーセントは労働能力を低下させて労働するほかないものである。従って、これにより同原告が被る損害の現価は、次のとおり、一、七三三、五〇三円と算定される。

(1)同原告の事故時の年令 一〇才(昭和三三年五月三〇日生)

(2)就労可能期間 一九才から六〇才までの四二年間

(3)一年間あたりの損害 七七、七六〇円(すなわち、第一八回日本統計年鑑所収の昭和四一年全産業女子労働者平均月間賃金二四、〇〇〇円を基礎とする。24,000×0.27×12=77,760)

(4)中間利息控除 ホフマン複式年別計算方法による。

(5)右損害の現価 一、七三三、五〇三円(77,760×22.2930)

(2) 原告哲江の慰謝料           五、〇〇〇、〇〇〇円

原告哲江は本件事故による傷害とその後遺障害により大きな精神的苦痛を受けているほか、将来の結婚や夫婦生活も期待できないものである。従って、その慰謝料は五、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

(3) 原告信行、同豊子の慰謝料      各一、二〇〇、〇〇〇円

原告哲江は原告信行、同豊子の一人娘であるところ、原告哲江の本件事故による傷害とその後遺障害により両親たる原告信行、同豊子の受けた精神的苦痛を慰謝すべき額は、各一、二〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

四、(損害のてん補と弁護士費用)

以上のとおり、原告哲江は六、七三三、五〇三円を、その余の原告らは各一、二〇〇、〇〇〇〇円を被告らに対し請求しうるものであるところ、原告哲江は自賠責保険金として五二九、七〇〇円を受領したので、同原告の損害はその限度においててん補されたものである。しかしながら、被告らは原告らの残余の請求の任意の弁済に応じないため、原告らは本訴の提起追行を弁護士である本件原告訴訟代理人に委任し、原告哲江は着手金として五〇、〇〇〇円を支払ったほか、原告らは成功報酬として各認容額の一割を第一審判決後に支払うことを約した。

五、(結論)

よって、被告らに対し、原告哲江は、損害賠償金六、二〇三、八〇三円、弁護士費用として着手金五〇、〇〇〇円、成功報酬のうち六二〇、〇〇〇円の合計六、八七三、八〇三円とこれより成功報酬分を除いた六、二五三、八〇三円に対する本件事故の日である昭和四三年一二月五日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の、成功報酬分六二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から支払ずみまで前記割合による遅延損害金の連帯支払を、原告信行、同豊子は、それぞれ損害賠償金一、二〇〇、〇〇〇円および弁護士費用一二〇、〇〇〇円の合計一、三二〇、〇〇〇円とこれより弁護士費用を除いた一、二〇〇、〇〇〇円に対する本件事故の日である昭和四三年一二月五日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の、弁護士費用一二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から支払ずみまで前記割合による遅延損害金の連帯支払を、それぞれ求める。

第四、請求原因に対する答弁および抗弁

一、請求原因第一項(事故の発生)、同第二項(責任原因)の事実はすべて認める。

二、同第三項(損害)の事実はすべて不知であり、原告らの主張する損害の相当性を争う。原告哲江の後遺症が直ちにその労働能力の一部喪失をきたすとは考えられないし、同原告の就労までには相当の年月があり、その間に回復する余地もある。また、原告信行、同豊子は、原告哲江の両親として、その傷害に対する慰謝料を自己の権利として請求しているが、右の程度の傷害では両親に固有の慰謝料請求権はない。

三、同第四項(損害のてん補と弁護士費用)中、原告哲江がその主張の額の自賠責保険金を受領したことは認めるが、その余の事実は不知である。

四、原告哲江は、本件事故当時、歩車道の区別のない本件道路の左側を歩行していたものであるから、同原告にも本件事故の発生につき過失があるというべきであって、過失相殺がなさるべきである。

第五、抗弁に対する答弁

本件事故の発生について、原告哲江に過失があったとの主張を否認する。すなわち、同原告が歩行していた本件道路左側は、同原告が通学していた札幌市立南郷小学校が指定した通学路であって、それに従って本件道路左側を歩行していた同原告に過失があったとすることはできない。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、(被告らの責任)

請求原因第一項(事故の発生)、同第二項(責任原因)の事実はすべて当事者間に争いのないところであり、被告会社は自賠法三条により、また、被告大村は民法七〇九条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

二、(過失相殺の主張について)

本件事故の発生について、被告大村に前方注視を尽さなかった過失があること、また、原告哲江が本件事故当時本件道路の左側端を歩行していたことは、右のとおり、当事者間に争いのないところである。そして、≪証拠省略≫を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)本件道路は、「白石本郷通り」と通称される東西に通じる道路で、歩車道の区別はなく、幅員約六メートルのアスファルト舗装部分とその両端にある幅員一ないし二メートルの非舗装部分よりなる。付近には白石中学校、原告哲江の通学していた南郷小学校などもあって、いわゆる市街地に属し、車両および人の通行とも普通程度である。そして、本件事故現場は、本件道路と南北に通じる南郷街道との交差点より十数メートル西寄りの本件道路上である。なお、本件道路における車両の速度は時速四〇キロメートルに規制されていた。

(2)被告大村は、加害車を運転して本件道路左側部分を時速約四〇キロメートルの速度で西進し、本件事故現場手前の交差点を通過した直後に、その前方約二〇メートルの本件道路右側部分を対向して進行してくる車両を認め、それとの接触等を避けるべくその進路を本件道路左端寄りに変えて進行したところ、その左側の非舗装部分を同一方向に向って歩行している原告哲江の姿をわずかその約二メートル手前に至って始めて発見し、急制動の措置を採ったが及ばず、同原告に加害車左前部を衝突させて転倒させ、本件事故の発生となった。

(3)原告哲江は、本件事故現場手前の交差点で信号に従って本件道路を南側へ横断し、本件道路左端の非舗装部分を西に向って歩き始めたのであるが、前照燈の光により後方より車両の進行してくることを知り、立ち止ったが、その直後に後方より加害車に衝突された。なお、同原告が歩行していた本件道路左側の非舗装部分は、その通学していた南郷小学校により通学路として指定され、通学時には同部分を通行するように生徒に指導がなされていたところである。

右認定に反し、≪証拠省略≫によれば、被告大村は、本件事故後、取調べにあたった警察官に対し、原告哲江は本件道路右側部分の交差点西側に駐停車していた車両の陰から突然横断を始めたので、これを認めた同被告は急制動の措置を採ったが、制動装置が故障して作動せず、結局、本件道路右側アスファルト舗装部分で加害車を同原告に衝突させた旨を供述していることが認められるが、≪証拠省略≫によれば、いずれにしても同被告が視認したのは本件事故直前に同原告が本件道路左端を歩行していたことのみであって、右供述は同被告が推測に基づきなしたものであることが認められるので、右のとおり認定するをさまたげないところである。そして、他にも右認定を左右するに足る証拠はない。

本件事故発生の具体的状況は以上のとおりであって、その道路状況、とりわけ原告哲江が通行していたのがその通学する小学校より通学路として指定された部分であることに鑑みると、同原告の左側通行の一事をもって過失相殺を適用することは相当ではないし、他にも過失相殺を適用しなければならない程の過失が同原告にあったということはできない。

三、(損害)

(1)原告哲江の傷害の程度と後遺障害

原告哲江が本件事故により原告ら主張どおりの傷病名の傷害を受け、昭和四三年一二月五日から翌四四年二月二〇日まで幌東病院において入院治療を受けたこと、治療中止後においても同原告には原告ら主張どおりの後遺障害が残っていることは、右のとおり、当事者間に争いのないところである。

そして、≪証拠省略≫を総合すると次のような事実を認めることができる。

すなわち、原告哲江は昭和三三年五月三〇日生れ(事故当時一〇才)の健康な女子生徒であったものであるが、本件事故により前記のとおりの傷害を受け、昭和四四年二月末ころまでにはようやく登校できる程度にまで回復した。そして、その後も数度にわたって通院治療を続けたのであるが、結局、右のとおり、恥骨部よりこう門、尾骨部にまで達する創傷はんこんの後遺症とこう門括約筋の六ないし一二時部の断裂の後遺症を残すこととなったものである。なお、本件事故後数日間は血尿があり、左腎部にとう痛があって、腎破裂の所見があったのであるが、保存的治療のみで特に手術などは行われず、この点では後遺障害と目すべき症状もない。

右後遺障害のうち創傷はんこんについては、それが現在および将来同原告の精神面に影響ないしは衝動をあたえることは容易に推知できるが、日常生活あるいは将来の労働能力に何らかの影響を与える機能障害を来たすとは考えられない。しかしながら、こう門括約筋の断裂については、その修復は不可能ないしは著しく困難であると考えられ、重い物を持ち上げるなど腹圧努責を要する作業に従事したり跳躍するたびに大便失禁をみ、そのために日常生活および今後就労した場合の労働に支障となると認められる。なお、将来の出産に際し、脱こう等をもたらす可能性も否定はできないが、生殖機能そのものにはもとより障害はない。

右後遺障害は前記幌東病院小川正克医師により自賠法施行令別表後遺障害等級一一級九号に該当するとの判断がなされているが、右のような事情に鑑みると右判断は相当である。

(2)原告哲江の労働能力一部喪失による損害について

右のとおり原告哲江が将来就労し、あるいは家事労働に従事する場合にこう門括約筋断裂の後遺障害が何らかの支障となることは明らかであるが、いまだ年少未就労者である同原告が本件事故がなければいかなる職種に就き、どれだけの収益を年々挙げえたか、また、右後遺障害のために結局いかなる職業につくほかなく、毎年どれだけの減収を余儀なくされることになるかを予測確定することはおよそ不可能である。従って、同原告の主張する労働能力一部喪失による損害なるものが具体的、現実的な所得の喪失ないし減少を指すものとすればこれを是認することは困難である。かかる観点より右のように損害の発生することは明らかであるがその額を確定しえない場合には財産的損害としてではなく慰謝料算定にあたりこれをしん酌するとの考え方もありうるが、右損害の有無および程度を明らかになしえない以上、これを慰謝料として適確にしん酌することもできない道理であるし、何らかの方法で慰謝料としてしん酌すべき程度を明らかになしうるというのであればそれを端的に財産的損害として認めるべきであると考える。

以上のとおり右後遺障害により原告哲江が将来被るべき具体的、現実的な減収を基礎としては同原告の右請求を認めることはできないけれども、これとは別に、財産的価値を持つ人の労働能力が後遺障害により低下減損されたのであればそのこと自体を財産的損害としては握することは可能であり、かかる損害額の算定としては、被害者が本来有していたはずの労働能力の財産的価値を可能なかぎりにおいて個別化して評価すると同時に傷害の部位程度、労働に及ぼす影響など諸般の事情を考慮してその後遺障害による経済的な労働能力喪失割合を明らかにすれば足ると解される。

そして、原告哲江の右損害の主張は右の趣旨をも含むと解されるので、かかるものとして右請求を検討すべく、同原告の右後遺障害の性質と程度、とりわけそれが今後の訓練等によってもそれほど回復が期待できないと考えられるうえ、起居等の基本的な動作にも影響を与えること、事故前後を通じ同原告が歩むべき職業生活について確たることは現段階ではいえないことなどの事情と労働省労働基準監督局長通牒労働能力喪失率表を総合勘案すると、同原告の労働能力の低下減損による損害は次のとおり八八二、五五五円と評価算定される。

昭和四四年度賃金センサスによる女子企業規模計学歴計の平均賃金額(年額) 労働能力喪失割合 就労可能期間を満二〇才から六〇才までとした複利年金現価率

418,900×0.2×(18.2559-7.7217)≒882,555(円未満切捨、事故当時原告哲江が満一〇才として計算)

(3)原告哲江の慰謝料

≪証拠省略≫によれば、原告哲江は今日においても常時丁字帯を着用せざるをえず、学校等でも激しい運動などは差し控えるようにしているが、それでも軽度の大便失禁をみ、その他、事故前に比し疲労しやすく、横による時間が多くなったことが認められる。右事実と同原告の傷害、後遺症の部位程度、性別、年令などに鑑みると、本件事故による傷害に対する同原告の慰謝料としては一五〇万円が相当である。

(4)原告信行、同豊子の慰謝料について

≪証拠省略≫によれば、原告哲江は同原告らの長女であって、その傷害ならびに後遺症により同原告らは両親として原告哲江の将来を案じ、かなりの精神的苦痛を被ったことが認められるが、右傷害および後遺症の程度をもってしては、いまだ同原告らに近親者固有の慰謝料請求が発生するものとは解されないところであるから、同原告らの被告らに対する各請求はいずれも棄却を免れない。

四、(損害のてん補と弁護士費用)

原告哲江が自賠責保険金として五二九、七〇〇円を受領し、その限度において同原告の損害がてん補されたことは当事者間に争いがないところであるから、結局、同原告は被告らに対し一、八五二、八五五円を請求しうるものであるところ、≪証拠省略≫をあわせると、被告らはその任意の弁済に応じなかったため、同原告は弁護士である本件原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、着手金として既に五万円を支払ったほか、成功報酬として認容額の一割を第一審判決後に支払うことを約したことが認められる。

そこで、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照し、そのうち同原告が被告らに負担を求めうる弁護士費用相当分は二〇万円とする。

五、(結論)

そうすると、被告らは連帯して原告哲江に対し以上の合計金二、〇五二、八五五円およびこれより弁護士費用中、成功報酬分一五万円を除いた、一、九〇二、八五五円に対する本件事故の日である昭和四三年一二月五日から、右成功報酬分一五万円については本判決言渡の日の翌日である昭和四七年一月二九日から、各支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告哲江の本訴請求は右の限度で正当として認容し、原告哲江のその余の請求ならびに原告信行、同豊子の本訴各請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

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